オルガニスト楽屋話

第104話  音楽はインスピレーション♪ ---2009.6.9.

スイス、東京、札幌、、と3つの教会での演奏会が続きました。ホールでの演奏が多い私にとっては珍しいこと。 スイスでのお話はメッセージ第103話でお伝えしましたが、 次の演奏会は東京の中央、飯田橋の駅前にある 日本キリスト教団富士見町教会でした。天井の高い鉄筋建ての会堂にあるのはドイツのボッシュのオルガン(右の写真)。 がっしりとした重厚な響きで、ドイツを彷彿させられるような立派な教会とオルガンでした。 コンサートの間に演奏されるコラールが歌われ、会堂に集まられた大勢の聴衆の皆様の声の伴奏を私は務め、 ともに神様を讃美できる喜びも覚えました。「これまで聞いたこともないような音色、響きだった」と、、 どうやらオーソドックスなオルガンレパートリーと少し色合いの違う私のプログラム、演奏に驚かれた様子。

そして翌週は札幌へ。カトリック北一条教会の聖堂は美しい木造建築。1916年に建てられ、 景観重要建造物に指定されているそうですが、天井まで繊細で見事な職人技(右下の写真)。2年前まではなんと床は畳だったそうです。 歴史の重みを感じる建築、初めて見る木造のカテドラルにまずは感嘆しました。オルガンは2年前に完成したフランスのケルン製作。 会堂の歴史に比べれば新しいのですが、会堂の響き、デザインにもよく調和し、豊かに歌い、様々な表情を見せる美しく チャーミングな楽器です。長い間、オルガンの設置を心待ちにしたオルガニストはじめ教会の方々の祈りが こめられている楽器で、私も心を込めて演奏してきました。

演奏は創造活動。楽譜の中の音符たち♪を音にする、音符に”命”を与える仕事だと思っています。 音符に生命を与え、キャラクターを与え、演じさせる。ドラマの演出家のような。 そして人の心にメッセージを届ける役目をするのが演奏家。

オルガンは笛の集合体で、笛に風を送り、音を鳴らしますが、その風の送り方が適切なものでないと 豊かに響く美しい音は生まれません。指と鍵盤との間での微妙なコントロール、鍵盤とのかかわり方で その風(息)の送り方加減をすることができます。こうしてひとつずつの音に性格を与え、フレーズを歌わせ、 音楽を創っていくのです。単なる音を鳴らすのは簡単です、ネコが鍵盤の上を歩いても、音は出ます。 けれども表情のある、また魂のこもった”音楽”にするにはこうした技術、そして根底には自分がどういう音楽にしたいか、 はっきりビジョンがなくてはなりません。こうして生まれるのが”音楽”であり、演奏だと思っています。

リハーサルにいただいた時間は静かな会堂の中で、”音”との対話が続きました。 レジストレーション(音色を決める)ももちろん大切な作業です。もっとも適切で、 楽器が最も美しく響く音色を選びます。その後は、その選んだ笛をいかに豊かに響かせ歌わせるか、 各々の笛(ストップ)にあった呼吸(風の送り方)を模索しながら、楽器に、また会堂の響きに適した演奏を探していきます。 すると、楽器とぐっと近づいた!こういう瞬間がくるのです。そうなればそのオルガンと一気に心通う友に! こうした楽器との対話する時間をもち、作品へのイメージを膨らませ、本番の演奏に臨みます。

作品の生まれた時代や背景、当時のオルガンのことなど知識を基に、どんな音にするか、 どんな音楽にするか、それはインスピレーション、瞬間的な閃きを拡大させていく創造活動です。

同じ曲でも、弾く楽器にあった音色を選び、さらにはその響きや楽器にあった演奏、表現法で演奏しなければなりません。 弾くオルガンによって、演奏も変わってくる、違ってくるわけです。毎回がインスピレーションであり、 いつも違う楽器で演奏するオルガニストの創造性の幅は、ほかの楽器より大きくなると思います。

私は人ごみと満員電車が大嫌いです、できるだけ避けたいと。車での移動が好きなのもその理由。 雑踏の中に入ると、現実的な世界に引き戻されてしまい、どうもそのインスピレーションを膨らます ような感覚が消されてしまうのです。自分の世界を大切にしたい、、そういう感覚からかもしれません。

3つの地で、オルガンを囲む人々に出会い、それぞれのオルガンと心をひとつにして演奏し、 多くの方々に聴いていただきました。随分前のことですが、NHKの「旬の人、旬の話」という番組に出演した際、 これからの夢はなんですか?、と尋ねられ「世界、日本各地の、オルガンを弾きながらいろんな旅を続けていきたい」 と答えていましたが、そんな夢がいま現実に。コンサートの後はプログラミングや音色、私の音についての嬉しい ご感想をいただきましたが、札幌である方から「井上さんは自分の音楽をしているね〜」というお言葉を。約半世紀近く生き、 私らしいこだわりや生き方とかがわかりかけてきたこの頃、音楽にも私らしさや、 個性がみえてきたのでしょうか。“私の音楽”が聴いてくださる方に伝わるようになったことは嬉しいことです。 これからは心、優しさ、慰め、希望、勇気など伝えられるような演奏家になっていきたいものです。

懐かしい友人、知人、お世話になった方との嬉しい再会もありました。東京はじめご遠方からいらしてくださった方々、 また多くの方にお世話になりました、 どうもありがとうございました。札幌の爽やかな空気、ラヴェンダー畑に後ろ髪をひかれつつ、また新しい気持ちになり 東京へと帰途につきました。 (写真はここの教会のオルガニストであり、ドイツ時代からの友人である大野敦子さんと)


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