オルガニスト楽屋話

第128話  リリアホール、おめでとう!! ---2011.7.18.

7月15日、川口リリア音楽ホールで、クーンの技師を招いての大規模なオルガン・オーバーホール後、最初のコンサート。 20年の埃が払われ、全てのパイプは整音、調律された。鍵盤もはずされ再調整、タッチも整い、笛への息遣いもより敏感に伝わるように。 弾き心地の良くなったオルガンで、お披露目コンサート〜「井上圭子ソロ・リサイタル」。大好きなこのオルガンの魅力を 存分にお聴きいただけるような、マイ・スペシャル・プログラム for リリアホール を準備。右の写真は 演奏会直前、ハーサルを終え、少し緊張気味な私。

今回は新しいコンビネーション・システム、パイプ全部をはずすなど大規模なメンテナンスの 後ということもあり、3日間のリハーサル時間をいただいた。 綿密な音作り、ホールで楽器に合わせた演奏を模索、 作品へのインスピレーションも膨らんでいく。夢中になり、音楽に没頭する時間。自分の音には、どんな努力も 惜しまないし、全ての音に対して、最大限の自分を投げかける。本気、夢中になれることは面白い♪。 こうして迎える本番、ドキドキ。

オルガンばかりでなく、演奏者の楽屋も新しく綺麗に改装された、そして初使用。ふかふかの新しい絨毯、思わず素足で歩いてしまった。革張りの黒いソファ、以前と全く 同じデザインのソファを用意してくださったのは、私個人的に嬉しかった。というのもこのソファ、座り心地が大変良く、 全国各地のホールの楽屋で、このソファはベスト1。<楽屋話>で楽屋の話になりますが、 演奏家にとって、ステージに出る前に過ごす空間=楽屋の居心地は重要で、このソファ、座ってはもちろん、 演奏前にちょっと横になってリラックスしたいと思う時にもvery nice ☆

ホールのエントランスの絨毯、壁も綺麗にリニューアルし、新装オープン 。そしてそこにはホールのスタッフ方々により オーバーホールの模様の写真が展示され、 オルガンの技師の方々、ホールのスタッフの皆様のオルガンへの 熱い思い入れが伝わってきました。

開場前から多くの方が並んでくださり、ホールは満席に。会場いっぱいの方々に見守られて、クーン・オルガンは 新たに旅立ちました。周到な準備をしたにもかかわらず・・・・予期せぬハプニング〜〜鍵盤を間違えたり(冷汗〜〜)、、 ページをめくった瞬間、突然第2フーガが!!!2ページめくってたことに気付き、めくり返す(自分でも驚く、その早業!)。 しかしながら、心を籠めて大切に演奏を続け、 会場は暖かな雰囲気で、オルガンの響きに包まれました。 皆様と幸せな時間を共有できたと思っています。 20年・・・この年月の積み重ね、川口の地にオルガン、そして聴いてくださる方々が定着したことを実感出来たのも 喜びでした。プロムナード・コンサートはじめ、様々な企画でオルガンを用いてくださったことに、感謝です。 よく「日本にはオルガン文化がないから、、」と言う言葉を聞きます。確かに、街の中心に 教会があり、そこには必ずオルガンがあるヨーロッパとは違います。赤ちゃんの時に教会で洗礼を受け、キリスト教の 文化に根付いた、オルガンのある教会と密接な生活の国々とは違います。それだけに、 この日本、川口でオルガンが浸透し、定着したということは、とても意義深いことです。 文化発信というホールの大きな役目を果たしたことを痛感するのです。

終演の後、30分後、震度4の大きな地震〜。皆様おそらく帰途についていらっしゃる頃、大丈夫でしたでしょうか。 もし演奏会中だったら、恐らく満席の会場はパニックになったでしょう、、そして演奏中の私はどうしたでしょうか、、。 ファンの方から「地震の時、どちらに?」・・というメールをいただいたのでお答えしますと、駅前のLIONで 友人達と(私はアルコール抜きの)ビールで祝杯、感謝の乾杯をしておりました、、とにかく全てが無事終わりましたこと、安堵です。

もうひとつ、、、私がオルガニストを務める大森めぐみ教会での出来事です。オルガンの調律をしている時に、 オルガンビルダーの望月さんが手に取るパイプの中から紙切れが出てきました。 あれ〜、どこかで見た色調の音楽会のチラシ。それは、 忘れもしない、サントリーホールでの私のデビュー・コンサート、初の大ホールでのソロ・リサイタルのチラシでした。1989年10月1日、 将来のことなど何もわからず夢中に走り始めた私。(先にも後にもないであろう、ダフ屋が出たオルガンコンサートでした)、懐かしい〜。 22年もの間、教会のオルガンのパイプの中に入って、大切なお役目を果たしてたのですね。(そして、もしかしたら オルガンの中からいつも私を見守ってくれていた・・)。 捨てられず、思わず持ち帰って来た私です。 時間や歴史と共に生き続けるオルガン。人々を喜ばせ、そして人々に愛され、生命を与えられている楽器。命のある限り、 この楽器と共に生きていきたいと思った私でした。


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