オルガニスト楽屋話

第269話  まさかの事故! ---2025.6.9.

5月2日金曜日の夜、電話が鳴る。電話に出ると、かすれ声、鳴き声のようにも聞こえる声で、「具合が悪いの。 日曜日、弾いてくださらない」、教会のオルガニストからの電話。「大丈夫?どうされたの?私の方は何とかなりますから、どうぞお大事に」と 言って電話を切る。さあ、大変だ〜。思い出せば、骨折したというアメリカ人オルガニストの代わりに、コンサートを弾いたこともあった。 私にだって、こういう事態、起こるかもしれない、こういう時こそ、お互い様。 慌てて弾く曲を決め、牧師へ電話。奏楽曲と奏者の変更は、週報の原稿締め切りに何とか間に合った。
家のオルガンで夜間に準備し、翌朝、教会のオルガンで一度は弾いておかないとと思い、教会へ向かう。

5月3日土曜日、朝7:40、家を出て、多摩堤通りの信号のある交差点を青信号で右折し、 5mほど直進で走行していたところ、前方から走ってくる白いバンが、対向車線のセンターライン―を超えて、 私の方へ向かってくる。そして、目の前にどんどん迫って来る。 助けて〜!!!止まって〜!!経験がないほどの恐怖な瞬間、私は死んでしまうかと思いました。
気付いてハンドルを切って欲しいと思ったのですが、ドカーン、白いバンは私の車に激突し、止まりました。

私の車の右半分が大破、右側のドアミラーは割れ、ガラスの破片が道に散乱。それでも自走は出来たので、 私はすぐに左にあった駐車場入り口のスペースまで車を動かし、外へ出て「どうされたのですか?!!」と。 幸い、怪我はありませんでしたが、私の車は右側半分、2枚のドア、後部のバンパーまで、大破したことがわかりました( ;∀;)
相手の運転者(後でわかりましたが、73歳の男性)はしばらく座席に座ったまま動かず、ゆっくり降りて来て 「太陽か何かで目の前が全く白くなって見えない状態だった、赤信号も見えなかった。100%僕が悪い」と。
バイクで白いバンの後ろを走っていた男性が、「警察に電話しないと」と声をかけられ、震える手で警察へ事故の一報。

大変なことになってしまった、奏楽を代わって引き受けたものの、私こそ明日弾けるか、、、壊れた愛車を見て、 泣きそうでした。大切に可愛がっていた愛車、しかも5日前に車検を取り、まだまだ乗ろうと思っていた車。
警察が来て、保険会社へ電話、車はレッカー車で修理工場へ。

ゴールデンウイークがあけ、相手側の保険会社から、「事故の件ですが、ご本人は『記憶が曖昧』と言っており息子さんが対応していますが、 何もお話は聞けていない状態です」と。私は困ったなと思い、「私の車のドライブレコーダーの、 録画はありますが」と言うと、「送ってください」と。すぐにメールで送ると、その2時間後、 「100:0 です。全てこちらで対応致します」と。過失割合が100:0、つまり、私に過失は全くないということでした。 対向車線からセンターラインオーバー、こちらは青信号、しかも止まっていた。

そして2週間ほど経って出てきた修理代の見積りは 250万円。大きな事故であったことを、知らされました。それでも後遺症などなく、翌日の礼拝奏楽も無事こなせ、 体に支障がなかったことは幸いでした。
しかしながら、過失0、つまり私の保険会社は間に入ってくれない、修理費250万の事故車は全損扱い。 それからというもの、相手保険会社と時価額、損害額の 交渉は大変なものでした。弟が手伝ってくれ、何とか納得のいく示談にまでこぎつけることが出来ましたが、 事故から約3週間、悪夢のような日々でした。

30日間は代車、同型の白い車。「あら、赤い車はどうしたの?」 先代も赤のAudiで、もしかしたら20年近く赤い車に乗っている私、白は私らしくないようです。
「井上さん、今日は、どうやっていらしたの?」どうやら、車移動の私が定着しているようで、 「自転車です」、と言うと驚き顔。

ようやく元の日常に戻りました。その間、オルガンを弾く時間、オルガンと向かう時間、どんなに私自身が癒されたことか。

コンサート会場へ、仕事場へ、といつも同伴してくれた愛車。物ですが、私にはとても愛着があり、悲しいお別れ、突然の別れとなりました。 そして今日、後継車の納車。同型、同色、同じナンバー、1ヵ月泣き顔だった私に、ようやく笑顔が戻りました。またこの相棒と日々過ごします。

22日には、私の本拠地、大森めぐみ教会での演奏会で演奏します。めぐみ教会のオルガンならではの選曲、 フランス古典とバッハ、メンデルスゾーン、 お時間おありでしたら、ぜひ聴きにいらしてください。お待ちしています。





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