オルガニスト楽屋話

第36話 消えたスーツケース@プラハ ---2000.5.12.

数年前、プラハで演奏会の時のことです。 ウィーンで飛行機を乗り換え、いよいよプラハの空港に到着。 しかし、待てど暮らせど私のスーツケースが出てこない。 同じ飛行機に乗っていた人もみな姿を消してゆき、私だけに。”どうしよう!”。 カウンターで尋ねると、”次のウィーンからの飛行機にのっているかもしれない”と言われ、 暗く、人気が無く、怖くなるような空港ロビーで、悲しく心細く、待つこと数時間。 時刻はもう深夜。この先コンサートというのに、何という街に来てしまったのかと・・。 結局その日はスーツケースは行方不明状態のまま、仕方なくタクシーでホテルへ。 日本のように色とりどりのネオンなど一切なく、コバルト色に統一された街の明かりが、 これほど寂しく見えたことはありませんでした。

翌日、ホテルの部屋のドアがドンドンドン・・ドアを開けると目の前に私のスーツケース。 よかった、一日遅れで届けられたのでした。

こんなハプニングで始まったプラハですが、今でも私の最も好きな街のひとつです。 天災や戦争による大きな被害から免れ、古い建築物がそのまま残されていて、まるで街ごと美術館。 石畳の道をいくら歩いても飽きることがありません。自然も豊かで、 私が訪れたのは秋でしたが、紅葉の美しさは感動的でした。 旧市街からカレル橋を臨むと、小高い丘の上にプラハ城が。 その隣にあるストラホフ教会での演奏会でした。 高台にあるこの教会からはプラハの美しい街が見渡せ、リハーサルの合間の散策は楽しいものでした。

現地のマネージャーが予約してくれたホテルは、 多くの観光客が利用する近代的なアメリカンホテルとは違い、質素ながらも落ち着いたお宿。 朝食のパンと果物はとっても美味しく、ここでの1週間、快適に過ごすことができました。 が、ひとつだけ困ったことはガサガサ灰色の紙のトイレットペーパーが、一気になくなってしまうことでした。

さて、12世紀に建てられたというストラホフ教会。たとえばドイツの教会は、 普段はお祈りする人に開放されているのですが、この教会は厳重なセキュリティで、 後ろの扉は開けられるものの、その先には鉄格子があり、中へは入れません。 また私も”バルコニーからは絶対に前へ行かないように、非常ベルが鳴るから・・”と、 忠告を受けました。どうやら教会の中には、高価なものが沢山あるようでした。 お陰で、いつもなら演奏会前に録音してみて、響きなどチェックするのですが、 それもできないまま演奏会に。しっかりとしたマネージメントで宣伝も行き届いて いた様子で、大きな教会はいっっぱいになりました。

このストラホフ教会のオルガンを、モーツァルトも弾いたという話しも残っています。 小さい人間でありながら私も、長い歴史の一点に存在したのだと感じたプラハでした。

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